2011年4月26日火曜日

通勤途中の風景①  「新橋オヤジ」

2004年当時、平塚始発で新橋に通っていた。始発電車は、扉が開く時間が秒単位できまっており、いつものメンバーが、いつもの号車、いつものドアの前に立つのが日課。いつしか、無言ではあるが、我々には一体感が生まれていた。
そのなかにリーダー格の初老のオヤジがいた。扉の開く時間の15分前から立っているので、いつも列の先頭。その人は、いつも×号車の決まった席に座る。そして、新橋で降りていく。オレはその親父のことを「新橋オヤジ」と名付けていた。

ドアが開いてから席に座るまでの新橋おやじの動きには無駄がない。緩慢にして優雅なのである。扉が開く10秒前まではユラーリと「無」の状態で待っている。しかし、3秒前くらいで背筋にビビッと緊張感を持たせ、ドアの開いた瞬間には、あの席へとススーーーーっと移動する。

あたかも能舞台を動く演者のように。

表情は、アルカイックスマイル。より良いポジションを確保しようとする殺気立った他の乗客の動きをそれとなく制し、自分は、あの席を確保する。そしてゆったりと本を読む。いつしかオレはあの動きに敬意さえ表し始めた。


ある日のこと。いつもように新橋おやじ(★)の後ろに立ったオレ(◎)は、いつものように新橋おやじの対面に座ろうとしていた。

●いつものパターン(ドア開く前)

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| 電車
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★ ◯
◎ ◯
◯ ◯
◯ ◯


●いつものパターン(ドア開いたあと)

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|★◯◯   ◯◯
| 電車
|◎◯◯   ◯◯
|------      -----



しかし、その日は、オレの右ナナメ前の兄ちゃん(◆)がなぜか殺気立っていた。


●その日(ドア開く前)
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| 電車
|
|---------------
★ ◆
◎ ◯
◯ ◯
◯ ◯

そしてドアが開いた瞬間、兄ちゃん(◆)は、大胆にも、左側に立っているオイラ(◎)をドーーンと押し、オイラのいつもの席に座ったのだ!

●その日(ドア開いたあと)

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|★◯◯   ◯◯
|  ◎”
|◆◯◯   ◯◯
|------      -----

オイラはまさに座る席を失い、路頭に迷った。
そのときの新橋おやじ(★)の悲哀に満ちた表情をオイラは忘れない。オイラは悔しくて悔しくて兄ちゃんの顔を長期記憶のホルダーにキチンと保存した。


そして、ある日。
あの兄ちゃん(◆)が立っていた。オイラ(◎)は息を長ーーく吐いた。落ち着くためである。

●リベンジの日(ドア開く前)
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| 電車
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★ ◆
◎ ◯
◯ ◯
◯ ◯

ドアが開く10秒前、新橋オヤジ(★)は相変わらずゆらーーーりと立っている。眠狂四郎の円月殺法のような間合いで、それとはなしに、他を圧倒している。
ドアが開く3秒前、新橋おやじの背筋にビビッと気合いがはいる。と同時に、その背中にピタっと貼りつくように間合いを詰めるオイラ。

そして!ドアが開く!

新橋おやじ★の滑らかな動きに追随するオイラ◎。
滑るように、音もなく、それとなく兄ちゃん◆の気合いをそぐように。
オイラ◎の気配に新橋オヤジ★も共鳴する。ふたり(★◎)の一連の動きに迷いはない。

いよーーーーーーー、よーーーーーーーー、ほーーーーーー、ほーーーーーーーー。

平塚駅3番線。早朝。東海道線は能舞台となった。中腰で動く二人のサラリーマン。

さーーーーーっと新橋オヤジはいつもの席へ、すすーーーっとオイラも新橋おやじの対面へ。
兄ちゃんは二人の連結した動きにはじかれる!

いよーーーーーーー、よーーーーーーーー、ほーーーーーー、ほーーーーーーーー。

新橋オヤジとオイラは、能舞台の兄弟冠者のように、お互いを見つめながら席に座った。
い、よーーーーーーーーーーーーーーーー。ぽん(ツヅラの音)。

●リベンジの日(ドア開いたあと)
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|★◯◯   ◯◯
| ◆=!”
|◎◯◯   ◯◯
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慌てふためく兄ちゃん。
しかし、もうすでに遅かりし。全ての席は埋まっていた。。。。

新橋おやじ★は満足気に本を読み始めた。その時の俯き加減の笑顔をオイラは忘れない。
朝日が眩しい冬の出来事であった。

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